博雅の歴史-History-
  日本におけるシウマイ製造販売の歴史は明治に遡り、明治14年に中国広東省出身の鮑棠(バオ・タン)氏が横浜山下町に「博雅亭」を開店し、その後、伊勢佐木町に進出して二代目、鮑博公(バオ・ボオゴン)氏の時代に日本で初めて「焼売」が製造販売され好評を博しました。 時代は流れて昭和に入り「博雅亭」の二代目(鮑博公)の義弟が横浜野毛町に博雅亭の姉妹店として「博雅茶郷」を開店し、横浜高島屋創業時から焼売(シウマイ)を「ヨコハマ博雅」のブランド名で 50年余にわたり販売して来ました。
  平成20年2月に横浜高島屋店を閉店し、博雅茶郷時代からのシウマイ職人が工場長となった㈱博雅の前身(ポン・コーポレーション㈲)がシウマイの製造販売を行なって来ました。 その際、機械による製造から伝統の「手包み」に戻して、食材も純国産の食材を用い伝統職人のノウハウと継承されてきたレシピーで幻のシウマイが復活しました。
  現在は、株式会社博雅が販売を拡充し、フード・ビジネスで社会に貢献することを理念に掲げ、食材も吟味してさらなる「美味しさ」の追及を目指しています。


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